朝山芳史氏は、東京高等裁判所の部総括判事などを務めた元裁判官です。
東京大学法学部を卒業後、1981年に裁判官へ任官し、最高裁判所調査官、大阪・東京・横浜各地方裁判所の部総括判事、高知地方・家庭裁判所長などを歴任しました。
2020年5月2日に東京高裁部総括判事を定年退官し、その後、2021年4月から2026年3月までは上智大学法科大学院の教授を務めています。
一方、出身地や学生時代の詳しい人物像など、公開資料から確認できない情報もあります。
この記事では、朝山芳史氏の学歴、裁判官としての職歴、担当した主な事件について、確認できる情報を整理します。
朝山芳史の経歴・出身・学歴の基本情報
まず、公開資料から確認できる基本情報をまとめます。
| 項目 | 確認できる内容 |
|---|---|
| 名前 | 朝山芳史(あさやま よしふみ) |
| 生年月日 | 1955年5月2日とする裁判官名簿資料あり |
| 出身地 | 信頼できる公開資料では確認できない |
| 大学 | 東京大学法学部第1類 |
| 卒業 | 1979年 |
| 司法修習 | 第33期 |
| 裁判官任官 | 1981年4月7日 |
| 退官時の役職 | 東京高等裁判所部総括判事 |
| 定年退官 | 2020年5月2日 |
| 退官後 | 上智大学法学研究科法曹養成専攻教授(2021年4月~2026年3月) |
| 研究分野 | 刑事法学 |
出身地は公開資料から確認できない
朝山芳史氏の出身地について、インターネット上では複数の情報が見られます。
しかし、今回確認した裁判官の異動記録、大学の教員紹介、研究者情報などには出身地の記載がありません。
そのため、本記事では特定の都道府県を出身地として断定しません。
なお、岡山地裁で勤務した経歴はありますが、勤務先と出身地は別の情報です。
東京大学法学部を1979年に卒業
朝山芳史氏は東京大学法学部第1類に1974年から1979年まで在籍し、1979年に卒業しています。
その後、第33期司法修習を経て、1981年4月7日に東京地方裁判所判事補として任官しました。
| 時期 | 学歴・司法経歴 |
|---|---|
| 1974年 | 東京大学法学部第1類に入学 |
| 1979年 | 東京大学法学部卒業 |
| 司法修習 | 第33期 |
| 1981年4月7日 | 東京地裁判事補に任官 |
一方、在学中の成績や学生時代の性格、当時から刑事裁判を志望していたかといった情報は、今回確認した公開資料からは分かりません。
朝山芳史氏の裁判官としての職歴と異動
朝山芳史氏は1981年の任官後、複数の裁判所や最高裁判所で勤務しました。
| 時期 | 主な役職・勤務先 |
|---|---|
| 1981年 | 東京地裁判事補 |
| 1983年 | 最高裁刑事局付 |
| 1985年 | 岡山地裁判事補 |
| 1989年 | 大阪地裁判事補 |
| 1991年 | 大阪地裁判事 |
| 1992年 | 東京地裁判事 |
| 1995年 | 那覇地家裁沖縄支部部総括判事 |
| 1996年 | 那覇地家裁沖縄支部長 |
| 1999年 | 最高裁判所調査官 |
| 2003年 | 大阪地裁部総括判事 |
| 2006年 | 東京地裁部総括判事 |
| 2010年 | 横浜地裁部総括判事 |
| 2013年 | 高知地方・家庭裁判所長 |
| 2015年 | 東京高裁部総括判事 |
| 2020年5月2日 | 定年退官 |
最高裁判所調査官を務めた
朝山氏は1999年4月から最高裁判所調査官を務めました。
最高裁判所調査官は、最高裁で審理される事件について法律上の問題点や過去の裁判例などを調査し、裁判官を補佐する職務です。
朝山氏はその後、2003年に大阪地裁部総括判事となっています。
大阪・東京・横浜地裁で部総括判事
朝山氏は大阪地裁、東京地裁、横浜地裁で部総括判事を務めました。
| 就任時期 | 役職 |
|---|---|
| 2003年4月 | 大阪地裁部総括判事 |
| 2006年4月 | 東京地裁部総括判事 |
| 2010年4月 | 横浜地裁部総括判事 |
部総括判事は、裁判所の各部を統括する裁判官です。
高知地方・家庭裁判所長を経て東京高裁へ
2013年12月には、高知地方裁判所・高知家庭裁判所長に就任しました。
2015年8月6日には東京高裁部総括判事となり、2020年5月2日の定年退官まで務めています。
退官後については、あわせて朝山芳史氏の現在の活動もチェックしておくと、その活躍の幅広さがよくわかります。
朝山芳史氏が担当した注目度の高い判決
朝山氏が東京高裁部総括判事を務めていた時期には、社会的に注目された複数の刑事事件の控訴審を担当しています。
| 事件 | 東京高裁での判断 | その後 |
|---|---|---|
| 浜松5人死傷事件 | 一審懲役8年を破棄し無罪 | 検察が上告せず確定 |
| 東名高速あおり運転事件 | 一審を破棄して差戻し | 差戻し審などを経て懲役18年が確定 |
| 乳腺外科医事件 | 一審無罪を破棄し懲役2年 | 最高裁が破棄差戻し、2025年に無罪確定 |
浜松市の5人死傷事件
2015年に浜松市で、中国籍女性が運転する乗用車が歩行者に突っ込み、1人が死亡、4人が負傷する事件が発生しました。
一審の静岡地裁浜松支部は、被告人に完全責任能力があったとして懲役8年を言い渡しました。
これに対し、朝山氏が裁判長を務めた東京高裁は2019年、被告人が事件当時、統合失調症の影響によって心神喪失状態だったと判断し、一審判決を破棄して無罪を言い渡しました。
検察側は上告せず、無罪判決が確定しています。
詳しくは浜松事故の判決理由の解説にて、法的背景が詳しくまとめられています。
乳腺外科医事件
朝山氏が関わった判決として、乳腺外科医が準強制わいせつ罪に問われた事件もあります。
一審の東京地裁は2019年、被告人に無罪を言い渡しました。
その後、朝山氏が裁判長を務めた東京高裁の合議体は一審を破棄し、懲役2年の逆転有罪判決を出しました。
朝山氏は判決言い渡し前の2020年5月2日に定年退官しており、同年7月13日の判決は別の裁判長が代読しました。
2022年2月、最高裁はこの東京高裁判決を破棄し、東京高裁へ差し戻しました。
2025年3月12日の差戻し控訴審では検察側の控訴が棄却され、同月、東京高検が上告しなかったため無罪が確定しています。
| 時期 | 判断 |
|---|---|
| 2019年 | 東京地裁・無罪 |
| 2020年 | 東京高裁・懲役2年 |
| 2022年 | 最高裁・東京高裁判決を破棄して差戻し |
| 2025年3月 | 差戻し東京高裁・控訴棄却 |
| 2025年3月 | 検察が上告せず無罪確定 |
上智大学教授としての経歴
朝山氏は裁判官を退官した後、2021年4月に上智大学法学研究科法曹養成専攻の教授に就任しました。
上智大学の法科大学院では実務家教員として刑事法関係の科目を担当しています。
上智大学で担当していた科目
上智大学法科大学院の教員紹介では、次の科目が担当科目として掲載されていました。
| 分野 | 担当科目 |
|---|---|
| 刑事法 | 刑事法総合Ⅰ・Ⅱ |
| 刑事訴訟法 | 刑事訴訟法基礎Ⅰ・Ⅱ |
| 実務 | 訴訟実務基礎(刑事)、刑事実務 |
| 模擬裁判 | 模擬裁判(刑事) |
| その他 | 法曹倫理、論文演習Ⅱ |
上智大学の教員紹介では、裁判員裁判の下での刑事裁判、共犯論、租税犯罪を含む経済刑法などに関心を持つと紹介されています。
一方、「学生一人ひとりに温かく助言していた」「弱者の声に耳を傾ける法曹を育てようとしていた」といった教育方針については、今回確認した大学の資料には記載がありません。
上智大学教授は2026年3月まで
J-GLOBALに掲載された研究者情報によると、上智大学法学研究科法曹養成専攻教授としての経歴は2021年4月から2026年3月までです。
したがって、2026年9月現在、「上智大学教授を務めている」と現在形で記載するのは正確ではありません。
2026年4月5日に更新されたJ-GLOBALでは、所属機関・部署として「早稲田大学 法学研究科博士後期課程」が掲載されています。
ただし、この表示だけから教授などの職位を推測することはできません。
刑事法学に関する論文を発表
研究者情報では、朝山氏が退官後も刑事法学に関する論文や判例解説を発表していることが確認できます。
| 年 | 主な論文・解説 |
|---|---|
| 2022年 | 「裁判員裁判」 |
| 2023年 | 「最高裁判例と裁判員裁判―正当防衛をめぐって」 |
| 2024年 | 「経済刑法をめぐる裁判実務上の諸問題」 |
| 2024年 | 「控訴審による破棄自判と事実の取調べ」 |
| 2025年 | 「違法収集証拠排除法則の回顧、現状と展望」 |
朝山芳史氏の噂や評判に関する事実関係
朝山氏については、過去に担当した判決をきっかけとして、SNSなどでさまざまな評価や推測が見られます。
ただし、裁判結果と本人の思想・性格・出自などは分けて確認する必要があります。
国籍・帰化に関する情報
朝山氏の帰化歴や両親の国籍、民族的な出自を示す信頼できる公開資料は確認できません。
一方、政府は裁判官について、日本国籍を有しないことは欠格事由になるとの見解を示しています。
そのため、朝山氏が裁判官として任官していた時点で日本国籍を有していたとみるのが妥当ですが、これだけで出生時の国籍や帰化歴までは判断できません。
公開されていない出身地、家族の出自、帰化歴、政治思想などについて、氏名や担当した判決から推測することはできません。本記事では確認できる経歴や判決記録と、確認できない情報を分けて掲載しています。
事実と人物評価は分ける必要がある
朝山氏が逆転無罪や逆転有罪を含む複数の控訴審判決に関わったことは確認できます。
一方で、「被告人に甘い」「厳格な裁判官」「証拠重視の裁判官」といった人物評価については、客観的な統計や本人の発言など別の根拠が必要です。
個々の裁判については、それぞれの判決理由を確認する必要があります。
朝山芳史経歴出身学歴に関するQ&A
まとめ:朝山芳史氏の経歴・学歴を整理
| 項目 | 確認できる事実 |
|---|---|
| 大学 | 東京大学法学部、1979年卒 |
| 司法修習 | 第33期 |
| 任官 | 1981年4月7日 |
| 最高裁 | 最高裁判所調査官を歴任 |
| 裁判所長 | 高知地方・家庭裁判所長 |
| 退官時 | 東京高裁部総括判事 |
| 退官 | 2020年5月2日 |
| 上智大学 | 2021年4月~2026年3月まで教授 |
| 出身地 | 信頼できる公開資料では確認できない |
朝山芳史氏は、東京大学法学部を卒業後、第33期司法修習を経て1981年に裁判官へ任官しました。
その後、最高裁判所調査官、大阪・東京・横浜各地裁の部総括判事、高知地方・家庭裁判所長などを歴任し、2015年から東京高裁部総括判事を務めました。
2020年5月2日に定年退官し、2021年4月から2026年3月までは上智大学法科大学院の教授として刑事法関係の科目を担当しています。
浜松5人死傷事件、東名高速あおり運転事件、乳腺外科医事件など、社会的に注目された刑事事件の控訴審にも関わりました。
一方、出身地や学生時代の人物像、政治思想、教育者としての個人的な理念などについては、公開資料から確認できない情報もあります。
朝山氏について確認する場合は、公開されている異動記録、大学の資料、研究者情報、個々の判決記録を分けて見る必要があります。

