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二階俊博はなぜ中国と関係が深い?親中といわれる理由やパイプを解説

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二階俊博はなぜ中国と関係が深い?親中といわれる理由やパイプを解説

二階俊博氏について調べると、「中国との関係が深い」「親中派」といった表現を目にすることがあります。

実際、二階氏は政治家として長年にわたり中国を訪問し、中国政府の要人との会談や大規模な人的交流に関わってきました。

一方で、対中姿勢については国内で批判を受けることもあり、その評価は分かれています。

そこでこの記事では、二階氏と中国との関係について、確認できる訪中記録や役職、発言などを中心に整理します。

時期二階氏と中国をめぐる主な動き
2000年運輸大臣として大規模な文化・観光交流使節団の訪中に関わる
2015年約3,000人の「日中観光文化交流団」を率いて訪中
2017年「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラムに出席し習近平氏と会談
2023年日中友好議員連盟会長に就任
2024年8月日中友好議連の訪中団を率い、中国政府要人らと会談
2024年10月衆院選に立候補せず国会議員を引退
2025年1月日中友好議連会長を森山裕氏へ交代
2025年3月東京で中国の王毅外相と会談
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二階俊博氏と中国の関係が深いと言われる理由

二階俊博氏と中国との関係は、特定の一度の会談によって築かれたものではありません。

運輸・観光行政に関わっていた時代から、大規模な人的交流や訪中を繰り返してきたことが背景にあります。

背景確認できる内容
運輸・観光分野運輸大臣を務め、観光交流を通じた訪中にも関与
大規模交流2000年や2015年に数千人規模の訪中に関与
中国要人との会談習近平国家主席や王毅外相などと会談
議員外交日中友好議員連盟会長として訪中団を率いた

観光・運輸分野で中国との交流に関与

二階俊博氏は運輸大臣などを務め、観光政策にも長く関わってきました。

その中で、中国との観光・文化交流にも積極的に関与しています。

代表的なのが2000年の訪中です。

外務省の記録では、二階氏が運輸大臣を務めていた2000年5月、二階氏の下で約5,000人が中国を訪問したことが記録されています。

当時は中国から日本への団体観光が始まろうとしていた時期でもあり、観光を含めた人的交流の拡大が日中関係のテーマの一つとなっていました。

二階氏は運輸・観光分野との関わりが深く、中国との人的交流を継続的に行ってきた政治家の一人です。

数千人規模の訪中団を組織

二階氏と中国との関係を象徴する出来事として、複数回の大規模訪中があります。

規模概要
2000年約5,000人文化・観光交流を目的とした訪中
2015年約3,000人「日中観光文化交流団」として訪中

2015年5月には、二階氏が率いた約3,000人の「日中観光文化交流団」が北京を訪れました。

中国の習近平国家主席も人民大会堂で開催された日中友好交流大会に出席し、訪中団を前に演説しています。

同年には、二階氏が中国の高校生500人を日本へ招く意向を表明し、外務省の青少年交流事業を通じて訪日が実施されました。

関連記事:二階俊博氏の若い頃の歩みを知ると、なぜ独自の外交スタイルを確立できたのかがより深く理解できますよ。

中国政府要人との会談を重ねてきた

二階氏は政治家として、中国政府の要人と複数回会談しています。

特に知られているのが習近平国家主席との会談です。

2017年5月には、中国で開催された「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラムに出席し、習近平氏と会談しました。

この際、二階氏は安倍晋三首相から託された親書を習近平氏へ手渡しています。

中国外交部の発表によると、習近平氏はこの会談で二階氏を「中国人民の古い友人」という趣旨の表現で紹介しました。

ただし、「習近平氏と個人的に非常に親しい」「いつでも直接連絡できる」といった関係まで、公表資料から確認できるわけではありません。

二階俊博氏の主な中国訪問と会談

二階氏の対中関係については、具体的な訪中記録を見ると分かりやすくなります。

立場・訪問主な内容
2000年運輸大臣数千人規模の文化・観光交流使節団に関与
2015年自民党総務会長約3,000人の日中観光文化交流団を率いて訪中
2017年自民党幹事長一帯一路フォーラム出席、習近平氏と会談
2024年日中友好議員連盟会長王毅氏、趙楽際氏らと会談
2025年国会議員引退後東京で王毅外相と会談

2017年に「一帯一路」フォーラムへ出席

2017年5月、二階氏は北京で開催された中国の「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラムへ出席しました。

当時は自民党幹事長で、習近平国家主席との会談では安倍晋三首相の親書を渡しています。

ただし、この出席をもって「日本が一帯一路へ全面的に参加した」と解釈するのは正確ではありません。

当時の岸田文雄外相は、日本として、一帯一路がすべての国に開かれ、国際的な基準に適合した質の高い形で進められることを期待するとの立場を説明しています。

項目内容
開催2017年5月・北京
二階氏の立場自民党幹事長
主な行動フォーラム出席、習近平氏との会談
安倍首相の親書二階氏から習近平氏へ手渡した
日本政府の立場開放性や国際基準への適合などを求めた

日中友好議員連盟の会長として訪中

二階氏は超党派の日中友好議員連盟の会長も務めました。

2024年8月には同議連の訪中団を率いて北京を訪問し、王毅外交部長や趙楽際全国人民代表大会常務委員長らと会談しています。

この訪中では、日本産水産物の輸入規制、日本人の拘束、中国への短期滞在ビザ免除など、日中間の具体的な懸案について意見が交わされました。

中国軍機の領空侵犯について再発防止を要求

2024年8月の訪中直前には、中国軍の情報収集機が長崎県沖の日本領空を侵犯する事案が発生しました。

この件について二階氏は中国側へ日本の立場を伝えています。

趙楽際氏との会談では領空侵犯について遺憾の意を示し、再発防止を求めたと報じられています。

したがって、「中国による領空侵犯に対して二階氏が何も抗議しなかった」「常に中国に対して弱い姿勢だった」と一括りにするのは事実関係として正確ではありません。

2024年訪中で扱われた主な問題内容
中国軍機の領空侵犯遺憾の意を示し再発防止を要求
日本産水産物中国側の輸入規制について協議
日本人の拘束日本側から問題を提起
短期ビザ免除再開を求めた

二階俊博氏が「親中派」と呼ばれてきた背景

二階氏については、報道や政治評論などで「親中派」と表現されることがあります。

これは正式な役職や政治的分類ではなく、長年にわたって中国との交流を重視してきた政治姿勢を表す際に用いられてきた呼称です。

「親中派」と呼ばれる背景確認できる事実
訪中回数・交流長期にわたり訪中・人的交流を実施
大規模訪中団数千人規模の交流団に複数回関与
中国政府要人習近平氏や王毅氏らと会談
議員外交日中友好議員連盟の会長を務めた
一帯一路2017年の国際フォーラムへ出席

一方で、これらの事実だけから二階氏の政策判断すべてが「中国寄りだった」と断定することもできません。

実際の政策や発言は、個別の問題ごとに確認する必要があります。

二階俊博氏の対中姿勢をめぐり評価が分かれる点

二階氏の対中姿勢については、長期間にわたり議論がありました。

ここでは肯定・否定のどちらかに結論づけるのではなく、主な論点を整理します。

論点事実関係評価が分かれる理由
中国との人的交流大規模な交流を長年実施対話の継続を重視する見方と、中国との距離が近すぎるとする見方がある
中国政府要人との会談習近平氏、王毅氏らと複数回会談議員外交として見るか、中国側への接近と見るかで評価が異なる
一帯一路2017年フォーラムへ出席経済協力の可能性と安全保障・透明性などへの懸念が併存
安全保障問題2024年の領空侵犯では再発防止を要求対話を続けながら安全保障問題へどう対応するかが論点

中国との距離の近さを問題視する意見

二階氏については、中国政府との関係が近すぎるのではないかという批判が以前からあります。

背景には、尖閣諸島をめぐる問題や中国軍の活動、人権問題など、日中間に複数の懸案が存在する中で、中国政府との交流を積極的に続けてきたことがあります。

ただし、中国政府の政策への賛否と、中国政府関係者との対話を続けることは別の問題です。

二階氏の対中姿勢を評価する場合も、具体的な発言や行動ごとに確認する必要があります。

中国側の発表と日本側の評価は分けて見る必要がある

中国政府は、二階氏について友好的な人物として評価する声明を繰り返し発表しています。

例えば2017年の会談では、習近平氏が二階氏を「中国人民の古い友人」という趣旨で紹介しました。

しかし、これは中国政府側による評価です。

「中国側から高く評価されている」ことと、「二階氏の対中政策が日本にとって適切だったか」という評価は分けて考える必要があります。

二階俊博氏の引退後、中国との関係はどうなった?

二階氏は2024年3月、次期衆院選へ立候補しない意向を表明しました。

同年10月の衆議院選挙には出馬せず、国会議員を引退しています。

関連記事:二階俊博氏の引退理由を深掘りすると、彼がどのような思いでバトンを渡そうとしたのかが見えてきます。

日中友好議員連盟会長は森山裕氏へ交代

国会議員を引退したことに伴い、日中友好議員連盟の会長職も交代しています。

2025年1月31日、自民党の森山裕氏が新会長に就任しました。

二階氏は同議連の特別顧問として総会に出席しています。

時期日中友好議連での動き
2024年二階俊博氏が会長として訪中団を率いる
2024年10月二階氏が国会議員を引退
2025年1月森山裕氏が新会長に就任
2025年1月二階氏は特別顧問として総会に出席
2025年4月森山会長の下で日中友好議連が訪中

引退後も王毅外相と会談

国会議員を引退したことで、二階氏と中国との関係が完全になくなったわけではありません。

2025年3月21日には、訪日していた中国の王毅外相が東京で二階氏と会談しています。

中国外交部の発表では、二階氏のほか日中友好議員連盟関係者なども参加しました。

少なくとも、この会談が確認できるため、「引退によって二階氏の中国とのパイプが完全に消滅した」とするのは正確ではありません。

議員外交そのものは後継体制へ

一方、日中友好議員連盟による議員外交は二階氏個人だけに依存しているわけではありません。

2025年4月には森山裕会長が日中友好議連の訪中団を率い、日本産水産物の輸入問題や中国で拘束されている日本人の問題などについて中国側と協議しています。

二階氏の国会議員引退後も、日中友好議連という組織を通じた交流は続いています。

関連記事:二階俊博氏の現在の様子を確認すると、引退後もその影響力がどのように推移しているかが分かります。

二階俊博 中国に関するQ&A

二階俊博氏がなぜ「親中派」と呼ばれているのですか?

二階氏が長年にわたり中国との人的交流や議員外交に関わってきたことが主な背景です。2000年や2015年には数千人規模の訪中に関わり、習近平国家主席や王毅外相など中国政府要人とも複数回会談しています。ただし、「親中派」は正式な政治的分類ではなく、二階氏の対中姿勢を表す際に使われてきた呼称です。

習近平国家主席との仲が良いというのは本当ですか?

二階氏が習近平国家主席と複数回会談していることは確認できます。2017年には習近平氏が二階氏を「中国人民の古い友人」という趣旨で紹介しました。一方で、個人的にどの程度親しいのか、直接連絡できる関係なのかといった点までは公表資料から確認できないため、断定はできません。

二階氏が引退すると、中国との関係はどうなると予想されますか?

二階氏は2024年に国会議員を引退し、2025年1月には日中友好議員連盟の会長も森山裕氏へ交代しました。ただし、二階氏自身は2025年3月にも王毅外相と会談しています。また、日中友好議連も森山氏を会長として訪中を続けています。そのため、二階氏の引退だけを理由に日中間の対話ルートがなくなったとはいえません。

まとめ:二階俊博氏と中国の関係を時系列で見る

ポイント確認できる事実
中国との関係運輸・観光分野の時代から長期間交流
大規模訪中2000年に約5,000人、2015年に約3,000人規模の訪中に関与
習近平氏複数回会談。2017年には安倍首相の親書を手渡した
一帯一路2017年の国際協力フォーラムに出席
領空侵犯2024年訪中時に遺憾の意を示し再発防止を要求
国会議員引退2024年
日中友好議連2025年に森山裕氏へ会長交代
引退後2025年3月にも王毅外相と会談

二階俊博氏は、運輸・観光政策に関わっていた時代から、中国との人的交流を長期間続けてきました。

2000年には約5,000人規模、2015年には約3,000人規模の訪中に関わり、その後も中国政府要人との会談を重ねています。

2017年には「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラムへ出席し、習近平国家主席へ安倍晋三首相の親書を渡しました。

こうした経緯から「親中派」と表現されることがありますが、その呼称自体は公式な分類ではありません。

また、中国との交流を重視してきたことへの評価と、尖閣諸島、安全保障、人権、経済関係など個々の政策課題への評価は分けて考える必要があります。

2024年の訪中では、中国軍機による日本領空への侵犯について二階氏が再発防止を求めたことも確認されています。

二階氏は2024年に国会議員を引退し、日中友好議員連盟の会長も森山裕氏へ交代しました。

一方、2025年3月には王毅外相と会談しているため、中国側との交流が引退と同時に途絶えたわけではありません。

二階氏と中国との関係については、「親中」「反中」といった言葉だけで判断するのではなく、いつ、どの立場で、誰と会談し、どのような問題について発言したのかを個別に確認することが重要です。

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