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安倍晋三元総理の父母兄弟は誰?家族構成について紹介!【家系図を紐解く】

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若葉

安倍晋三氏は、2006年から2007年、そして2012年から2020年まで内閣総理大臣を務めました。

その家族を見ると、父は元外務大臣の安倍晋太郎氏、母方の祖父は元総理大臣の岸信介氏、弟は元防衛大臣の岸信夫氏と、政治に携わった親族が複数います。

安倍晋三氏は、安倍晋太郎・洋子夫妻の3人兄弟の次男として生まれました。

一方、長男の安倍寛信氏は政治家にはならず、実業界で活動しています。

この記事では、安倍晋三氏の父・母・兄・弟について、確認できる経歴や家族関係を整理します。

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安倍晋三元総理の家族構成

まず、安倍晋三氏の主な家族・親族関係を表で確認しておきましょう。

続柄氏名主な経歴
父安倍晋太郎元外務大臣・元自民党幹事長
母安倍洋子岸信介元首相の長女
兄安倍寛信実業家・成蹊学園理事
本人安倍晋三第90代・第96~98代内閣総理大臣
弟岸信夫元防衛大臣・元衆議院議員
父方の祖父安倍寛元衆議院議員
母方の祖父岸信介第56・57代内閣総理大臣

父方の安倍家と母方の岸家の双方に国会議員経験者がおり、安倍晋三氏自身も1993年に衆議院議員へ初当選しました。

安倍晋三元総理の父は安倍晋太郎

安倍晋三氏の父は、元外務大臣の安倍晋太郎氏です。

安倍晋太郎氏は1924年生まれ。父は衆議院議員を務めた安倍寛氏です。

毎日新聞の記者を経て政界入りし、農林大臣、内閣官房長官、通商産業大臣、外務大臣などを歴任しました。

外務大臣を務めたのは1982年11月から1986年7月までです。

その後、自民党幹事長も務めました。

安倍晋三氏も1982年、神戸製鋼所を退職して、外務大臣に就任した父・晋太郎氏の秘書官となっています。

この時期は、安倍晋三氏が国政の現場に直接関わるようになった時期でもあります。

安倍晋太郎氏が亡くなったのは1986年ではなく、1991年5月15日です。

安倍晋三氏は父の死後、地元後援会で後継として衆議院選挙に立候補する意向を表明し、1993年の衆議院議員総選挙で初当選しました。

安倍晋太郎氏内容
生年1924年
父安倍寛
主な役職農林大臣、官房長官、通産大臣、外務大臣、自民党幹事長など
外務大臣1982~1986年
死去1991年5月15日

安倍晋三元総理の母は安倍洋子

安倍晋三氏の母は、安倍洋子氏です。

洋子氏は1928年に生まれ、後に第56・57代内閣総理大臣となる岸信介氏の長女です。

安倍晋太郎氏と結婚し、寛信氏、晋三氏、信夫氏の3人の息子をもうけました。

晋太郎氏が衆議院議員となった後は選挙活動にも関わり、1991年の晋太郎氏死去後は、政治家となった晋三氏の活動も支えました。

報道では、その長年にわたる政界との関わりから「政界のゴッドマザー」と呼ばれることもありました。

ただし、これは正式な肩書きではなく、メディアなどで用いられた呼称です。

安倍洋子氏は2024年2月4日に95歳で亡くなりました。

父・岸信介氏と息子・安倍晋三氏がともに首相を務めたことから、戦後日本政治の複数の時代と関わった家族の一人でもあります。

母方の祖父は岸信介元総理

安倍晋三氏の母方の祖父にあたるのが岸信介氏です。

岸信介氏は1957年から1960年まで、第56代・第57代内閣総理大臣を務めました。

安倍晋三氏は幼少期に岸家を頻繁に訪れており、後年、自身でも祖父との思い出について語っています。

ただし、安倍晋三氏の個々の政策や政治判断が、祖父の影響だけで決まったと単純に説明することはできません。

安倍晋三元総理の兄は安倍寛信

安倍晋三氏の兄は、1952年生まれの安倍寛信氏です。

安倍晋太郎・洋子夫妻の長男で、晋三氏より2歳年上です。

寛信氏は成蹊小学校、中学校、高等学校を経て、1975年に成蹊大学を卒業。その後、三菱商事に入社しました。

三菱商事では国内外で勤務し、2012年から三菱商事パッケージングの代表取締役社長を務めました。

その後は同社を退任し、実業界で活動を続けています。

2026年8月現在、安倍寛信氏は株式会社ABコミュニケーション代表取締役で、学校法人成蹊学園の理事も務めています。

寛信氏は政治家にはならず、晋三氏や信夫氏とは異なる分野でキャリアを築きました。

2021年には『安倍家の素顔―安倍家長男が語る家族の日常―』を出版し、3兄弟の少年時代や両親・祖父との生活についても記しています。

安倍晋三元総理の弟は岸信夫

安倍晋三氏の実弟は、元防衛大臣の岸信夫氏です。

岸信夫氏は1959年4月1日生まれ。

生まれた時の両親は安倍晋太郎・洋子夫妻ですが、母・洋子氏の実家である岸家を継ぐため、生まれて間もなく岸家の養子となりました。

養父は、岸信介氏の長男で洋子氏の兄にあたる岸信和氏です。

そのため、戸籍上は岸家の子として育ちました。

高校3年生まで実の兄弟だと知らなかった

岸信夫氏については、「大学に進学するまで安倍晋三氏の弟であることを知らなかった」と紹介されることがあります。

より正確には、高校3年生の時、大学進学に必要な戸籍謄本を取り寄せた際、自分が養子であることを初めて知ったとされています。

兄の安倍寛信氏の著書『安倍家の素顔』でも、この時に信夫氏が事実を知って大きな衝撃を受けたことが紹介されています。

安倍晋三氏自身も、信夫氏が幼い頃に岸家へ養子に出されたことについて後年語っています。

岸信夫氏も政治家へ

岸信夫氏は慶應義塾大学を卒業後、住友商事に勤務しました。

2004年に参議院議員へ初当選し、その後、衆議院議員に転じています。

外務副大臣や衆議院安全保障委員長などを経て、2020年9月から2022年8月まで防衛大臣を務めました。

2023年に衆議院議員を辞職し、その後は長男の岸信千世氏が山口2区から衆議院議員となっています。

\安倍晋三氏の学歴・経歴・人物像はこちら/

\麻生太郎氏の家族構成はこちら/

安倍晋三元総理の家系を整理

安倍晋三氏の家族を見ると、父方・母方の双方に政治家がいることが分かります。

家系人物主な経歴
父方祖父安倍寛衆議院議員
父安倍晋太郎外務大臣、自民党幹事長など
本人安倍晋三内閣総理大臣
母方祖父岸信介内閣総理大臣
母方大叔父佐藤栄作内閣総理大臣
弟岸信夫防衛大臣など

安倍晋三氏が育った家庭には政治が身近に存在していました。

実際、父・晋太郎氏の外務大臣秘書官を務めたことは、その後の政界入りにつながる経歴の一つとなっています。

一方で、家族関係だけを理由に安倍晋三氏の政治的立場や個々の政策判断を説明することはできません。

家系と、本人が政治家として行った政策・判断は分けて確認する必要があります。

まとめ|安倍晋三元総理の父・母・兄・弟

安倍晋三氏は、安倍晋太郎・洋子夫妻の3人兄弟の次男として生まれました。

家族確認できる主な事実
父・安倍晋太郎元外務大臣・自民党幹事長。1991年5月15日死去
母・安倍洋子岸信介元首相の長女。2024年2月4日死去
兄・安倍寛信実業家。三菱商事パッケージング元社長、成蹊学園理事
弟・岸信夫岸家へ養子入り。元防衛大臣・元衆議院議員

父・晋太郎氏は1991年に亡くなり、安倍晋三氏はその後継として1993年に衆議院議員へ初当選しました。

母・洋子氏は岸信介元首相の長女で、夫や息子の政治活動に長年関わりました。

兄・寛信氏は政治ではなく実業界へ進み、弟・信夫氏は岸家の養子となった後、政治家となり防衛大臣を務めています。

このように安倍晋三氏の親族には複数の政治家がいますが、家族の経歴と安倍氏本人の政治的な評価や個々の政策は分けて考える必要があります。

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